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2013年1月12日 (土)

体罰といえるのか      ~ゆうてもええかな~

 昨年12月、大阪市立高校のバスケットボール部主将が、顧問の行き過ぎた指導を苦に自殺していたことが分かった。
 実態が少しずつ分かってきて、マスコミでは体罰の是非、体罰は不要か必要か、といった議論になっているようだ。議論していただくのは大いに結構だが、生徒が自殺するに至った顧問の行為が暴行に当たるのでは、という調査の方が重要ではないか。顧問や関係者をやり玉に挙げたいのではなくて、他の部活動、他の学校でも、体罰と認識しているが実は暴行であったり、強要行為に該当する事例があるかもしれないと思うからだ。
 生徒と指導者という関係ならば、生徒に非があれば、指導者は叱るのは当然。ただ、罰を与えるならば、生徒の非、落ち度に見合ったレベルとするのが、世間一般の感覚だろう。罰に対して逆恨みするなら同情しないが、報道されていることが事実だとするなら、頬が腫れ上がるほどの罰が適切とは考えられない。顧問側の過剰な行為があったならば、それは体罰とは言わない。暴行である。顧問の言う体罰が常態化しているなら、生徒に科した罰は効果がなかったと認識するだけの時間はあったはずだ。指導に過失はなかったか。学校全体、いや、他校の指導者も、類似例がないか、生徒の精神を追い詰めるようなことはしていないか、冷静に見直した方がいい。
 生徒の自殺で、学校の実態が伝わる。いじめに続いて、体罰も。事態の推移を見つつ、亡くなった生徒の冥福を祈りたい。

                         (仲)

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