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2007年7月 6日 (金)

原爆はしょうがないのか  ~ゆうてもええかな~

 もう辞めた方について、あれこれ言うまい。それよりも、広島、長崎への原爆投下を正当化する発言に注目したい。
 アメリカのジョセフ核不拡散問題特使が、広島・長崎への原爆投下が終戦を早め、何百万の日本人の命を救ったと発言した。こういった考えを持つアメリカ人は、少なくない。世界で唯一、他国に核兵器を使用した国としては、正当化しておかないと、核不拡散問題での立場が無くなるからだ。ここで言う核不拡散とは、核廃棄につながるものではない。核兵器を持つ国が増えて、自国の核というカードが使えなくなるのを防ぐためのものである。
 しかし、原爆投下は、どのように言葉を繕っても正当化できないと考える。被害者意識ではない。戦時下であっても、民間人を意図的に殺戮することが許されるとは思えない。アメリカは、核実験によって、一つの都市を壊滅できるだけの威力があることを確認している。その上で原爆を、十万人規模の都市に投下した。軍人民間人問わず、その都市に住む人の多くが死亡することを知ってなお、原爆投下を実行したアメリカ軍の行為を、どうやって正当化できようか。大量の民間人の殺戮行為を、他のさらに多くの民間人を救うために行ったと主張するのは、力任せしか作戦がないと言っているのと同じで、当時の日本軍の状況を鑑みたとしても、交渉で戦争を終結させるという意識がアメリカ側に無かったと言わざるを得ない。
 東京大空襲でも十万人の民間人が亡くなり、各地で焼夷弾による絨毯爆撃で都市を壊滅に追い込んでいることからも、当時のアメリカ軍が民間人の殺戮に対して無頓着だったことがうかがえる。空襲でいくつもの都市を焼き払った軍が、原爆を投下した意図として、多くの日本人の救済を考えていたと考えるのは不自然である。大量殺戮を承知の上で、原爆を投下したのだ。何百万の日本人の命を救った、などというのは、後付けの結果論でしかない。
 威力を知っていたなら、原爆は使うべきではなかった。私はそう考える。
                            (仲)

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