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2007年4月 6日 (金)

古墳の発掘保存  ~ゆうてもええかな~

 5日から、高松塚古墳の石室解体と移送が始まった。飛鳥時代の壁画がカビなどで劣化しているため、修復のために実施されているもので、十六枚の石板をバラバラにして空調を整えた施設に運び、修復作業をするという。無事終わるのか、修復後の扱いがどうなるのかは、未定と言っていいだろう。地元の明日香村は、重要な観光資源だから、古墳の形を崩された上に、石室まで持って行かれたのではたまったものではないと、行方を注視している。文化庁も、修復をやってみないと、その後の保護の方針も決められないだろう。
 古墳は盗掘されていたり、切り崩して田畑や道路にされることもあって、原形をとどめるものは少ない。埋葬品が少ないから、誰の墓か比定するのも難しく、言い伝えや古事記などの乏しい文献を頼りに比定するしかない。この高松塚古墳も、例に漏れず、誰の墓かは分かっていないし、盗掘にもあっている。しかし、持っていくことができない物、壁画を残し、千三百年の時を経てなお、当時のかすかな息吹を伝える貴重な文化財である。壁画が残っているのは、高松塚だけではなく、最近話題になったのはキトラ古墳の壁画で、漆喰塗りの上に描かれた絵図を、はぎ取って修復、保管する作業に入っている。
 高松塚のように、壁画が大事と、古墳の形を崩してしまっていいものかどうか、議論が分かれるところだが、少なくとも考古学者は、わずかな遺跡遺物を頼りに過去の姿を研究するのだから、報われない研究者も大勢いることだろう。その考古学者が、指をくわえてみているのが、天皇陵である。
 大和・飛鳥・河内・山城にある天皇陵は、宮内庁の管轄になる。現天皇家の先祖の陵墓だから、立入禁止。宮内庁関係者が祀る行事はあっても、中を隙間からのぞき込むこともできない。もし歴代の天皇陵が未盗掘なら、考古学的発見は山のように出てくるだろうが、実は間違いでした、というケースもあるかもしれない。現に、太田茶臼山古墳が継体天皇陵となっているが、1.5キロ離れた今城塚古墳が継体天皇陵だという説もあり、こちらは発掘が進んでいる。
 まあ、被葬者にしてみれば、石室までバラバラにされるのなら、そっとしておいてくれ、というかも知れないが、温暖化が進むと、現状維持も難しいかもしれない。大いに議論した方が良さそうだ。
                                 (仲)

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