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2006年9月29日 (金)

どこまで落ちるか  ~ゆうてもええかな~

 無事、安倍新内閣が発足し、当初の支持率はメディアによって違うが、だいたい65%から70%というところで、人気の面では上々のようである。
 前首相は、改革の旗印を目隠しにして、高支持率を維持したが(郵政だけで解散総選挙など目眩まし以外の何ものでもない)、安倍新総理は、何で支持率を維持するか。難しいところである。
 点数を稼ぎやすいのは、外交だろう。美しい日本を作る、などと分かったような分からないようなお題目を唱えるより、周辺諸外国のトップと連絡を取った方が良い。その点、抜かりはないようで、米国にも韓国にも連絡を取ったとのことだし、中国も首相が替わって軟化の兆しがある。少しは話を聞いてくれるだろう。
 新内閣は、特務大臣が定員いっぱいの5人任命されていて、つまりはその特務が大事と思っているのね、という分かりやすい布陣になっているが、さて、特務大臣が仕事をできる環境にあるかどうかは、内閣の腕次第。官邸が主導権を握れるか、役人に潰されるか、お代は見てのお帰りである。お代を払う、すなわち増税は、大なり小なり安倍政権で決断しなければならないところにあると見ている。
 再チャレンジ、も安倍内閣の政策の主なものだが、再チャレンジするにも、再チャレンジする場、雇用の拡大や中小企業の支援など、サポートが必要だ。現在の景気は、拡大中ではあるが、長いだけであって、拡大幅はさほど大きくない。だから、もともと体力のある企業は攻勢に転ずることができるが、バブル不況で体力をすり減らした企業は、人的にも恵まれず、苦しい。派遣やパートで働くことができればいいが、定着率を見ればどうか。派遣を雇い、一通り仕込んだころに辞めていく、というのが、中小企業の実態ではないか。大企業の目は、国内よりアジアを向いている。コスト競争が至上命題であるからだ。
 技術力、企業の体力が税収の伸びに結びつくかどうか、もう一度見直した方がいいのではないか。今のままでは、増税は必至である。
 さて、そうなると、安倍内閣の支持率、どこまで落ちるか。見ておこうではないか。
                                       (仲)

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2006年9月22日 (金)

規則と自覚  ~ゆうてもええかな~

 9月21日から、秋の交通安全運動が始まっている。親父は『警察官がむやみに立っていて道路が混雑する期間』と言っていた。公序良俗に反する発言だから、ここだけの話にしてもらいたい。
 警察官がいれば、交通規則を守り、制限速度以下で走る。この期間だけ。期間が終われば、交通規則を適度に無視し、スムーズに車が流れる。さて、この場合、邪魔なのは、交通規則か、規則を守る車か。大半の人が、内心思っているはずだ。制限速度や一時停止など守っていられるか、と。きっちり守っている車は、邪魔扱いされたりする。
 この場合、飲酒運転はどうだろう。飲みに行く交通手段がない。だから車を使う。ビールほんの2杯。しかも乗る前に酔いを覚ましてから乗った。飲酒運転じゃない。酔ってないから。
 そうだそうだ、と内心思った人が多いはずだ。では、自分がビール2杯飲んだとき、すべてのアルコールが体内で分解される時間がどれくらいか、ご存じの方がどれだけいるだろうか。学説を持ち出しても、ここでは意味がない。アルコール分解能力は個人差があるから、5時間くらいで分解できる人もいれば、8時間ほどかかる人もいる。2時間くらいなら、確実に残っている。なのに、酔っていない、運転しても安全だという、その意味のない根拠はどこから来るのだろう。ひどい場合には、自分は酔っていても大丈夫だ、だから乗るんだ、という怖ろしい理屈でハンドルを握る人がいる。
 私は、ここ2年ばかり、車に乗っていない。アルコールではなく、抗不安剤などの薬を飲んでいるからである。注意書きに、車の運転などや危険を伴う機械の操作等は控えなさい、と書いてある。実際に走ってみると、分かる。赤信号で停止線を越えて止まる。左折が大回りになる、つまりアンダーステアリング気味になる。どの操作も、自分が思っているより少し反応が遅くなる。だから怖くなって、運転しなくなった。
 これだけ飲酒運転での事故や事件が報道されてもなくならない、その報道していた記者も飲酒運転で懲戒解雇になった。自分で運転していて、反応が鈍っているのが自覚できないのだろう。車のイグニッションをパズルにして、15秒以内に完成しないとエンジンがかからないとか、何かしないと、自覚がない人に何を訴えてものれんに腕押しである。いい智恵、ないかね。
                                       (仲)

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2006年9月16日 (土)

中国を米国にするな  ~ゆうてもええかな~

 14日から、日本でワールドカップが開かれている。種目は、シンクロナイズドスイミング。4年ぶりの開催という。不定期開催なので『4年ぶり』で、今回が11回目である。
 スポーツニュースではなく、別の方面から、開催を知った方もいるだろう。北朝鮮チームの、通訳を含めた関係者数名の入国を日本が認めなかったため、北朝鮮が不参加を表明したことの方が、先にニュースになった。
 日本は、北朝鮮のミサイル発射以来、北朝鮮からの入国を厳しく制限していて、今回の入国拒否も、政府の関係者と判断したチーム関係者に対しての処置であり、選手の入国は認めている。しかし、反発した北朝鮮は、政府関係者はいないと主張し、日本の対応を非難して、不参加を決めた。
 こじれにこじれた北朝鮮問題に関して、日本の味方になる国はいない。六カ国協議の枠組みを維持するなら、日本の主張は通るまい。中国・韓国・ロシアは同調しないだろう。アメリカも、今は中東情勢で手一杯。ノドンⅡがいくら飛距離を誇っても、アラスカが精一杯で、アメリカ西海岸にも届く気遣いはないし、北朝鮮の体制もほころびが見える現状、本気で脅威だと思っていない。核を持たせることだけ避ければいいのだ。
 逆に、北朝鮮という国を守りたいのは、中国であり、韓国である。韓国は、北朝鮮の貧困層の流入が経済成長の足を引っ張ることを怖れている。中国は、アジアの大国を自認し、共産主義国家を維持するには、身近なところで共産主義国家が壊れてはまずい。経済成長を推し進めながら、共産主義体制を維持するには、国民に不要な情報が流れるのは避けたい。北朝鮮が東アジアでの危険区域となってしまっては、守りたいが、かばいすぎたら国際社会の批判を食らうというジレンマに陥る。アメリカにとってのイスラエルのように。
 国家体制は違うが、大国を自認し、リーダーでありたいと思うところ、資源を自国の利益のために消費して経済成長を進めるところ、大なり小なり民族問題を抱えているところ、目的も歴史的経緯も全く違うが、アメリカと中国の類似点を見つけて考えると、中国の意図が見える。中国にとって、アジアのリーダーは日本ではない。
 大国のエゴで国外の干渉を強めるアメリカのように、中国にはなって欲しくない。わがまま大国は一国で充分。日本は中国に対して、牽制できる立場でなければならない。日本のリーダー的資質が問われる時代に入ったと思わねばなるまい。
                                          (仲)

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2006年9月 8日 (金)

振り子は戻るか  ~ゆうてもええかな~

 何はさておき、秋篠宮家に第三子のご誕生、心よりお祝い申し上げる。健やかな成長を願ってやまない。
 で、話は変わる。世間は慶祝ムードだが、それよりもこの8日、重大な儀式がスタートした。自民党総裁選挙である。一政党のトップを決める選挙なれど、実質、総理大臣になる人が決まるのだから、その意味は重い。重いが、中身を見れば空虚に思う。選挙といいながら、安倍官房長官の信任投票でしかない。だから『儀式』と書いた。
 小泉政権の五年の間、それまでの派閥政治をぶっ壊し、独自の路線を歩み続けた。その結果、銀行の建て直しに成功し、株価と地価の下落に歯止めをかけ、郵政の民営化への道筋を作った。
 終始、高い支持率を背景に、改革の旗印を掲げて、年金改革などに手を付けたが、小泉政権の功罪を比べると、さてどうか。私は、これから『罪』の部分が浮かび上がってくるのだろうと思っている。
 道路公団民営化。成功しただろうか。分社化したが、名目はともあれ、税金を投入して高速道路を造っていることに代わりはない。年金改革。年金制度の一本化はまだできておらず、公務員優遇の部分がまだ残る。医療制度改革。自立支援法ができたが、実態は、公金の負担を減らし、自助努力で頑張って自立しなさい、と言っているようなもの。金融改革。不況下、銀行だけ治療したようなもの。銀行は潰さない、というが、自滅を除き、昨期は空前の利益を計上した。もっと利子を寄越せ。行政改革。国から地方へ、のかけ声は良いが、肝心の地方は、裏金作りに没頭したり、大赤字を抱えていたり、職員の不祥事に何度も頭を下げたり。これも、ある意味、行政の自立支援対策と言えなくもない。独り立ちできないのに、つっかい棒を外してどうする。
 外交。ここ数十年、現政権ほど、米国寄りの外交を展開している政権はない。そのツケが、竹島問題であり、東シナ海ガス田問題であり、北方領土漁船銃撃事件である。隣国とのお付き合いがおろそかにし過ぎる。靖国だけが問題ではない。現状維持すらできなかった、いや、しなかった。隣国との交渉より、得点が稼げる米国との関係を重視した。
 その結果、あらゆる面で、振り子は偏ったまま、問題を次の政権に託して去っていく。次の政権は、いろいろ壊した部分を修復することが急務になる。かわいそうに。
                                       (仲)

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2006年9月 1日 (金)

水を一杯  ~ゆうてもええかな~

 もっと世間が関心を寄せてもいいと思うのだが。決して人ごとではないのだから。
 26日に、広島の上水道送水トンネルで、岩盤の崩落が起き、45mにわたってトンネルをふさいでいるのが見つかった。当然、その下流は断水になり、3万世帯に影響が出た。復旧作業と、自衛隊などによる送水作業により、回復や時間配水にまでこぎ着けたのが、約2万世帯。復旧には、さらに2週間かかるという。
 周辺のコンビニやスーパーでは、ミネラルウォーターなどの飲み物の在庫が払底している。ホームセンターでは、ポリタンクにポリバケツ、衣装ケースに至るまで、水を溜め込むことができそうなものはすぐに売り切れる。この残暑の厳しいところに、断水とは。シャワーも浴びられないのは、さぞつらかろう。
 今回は、崩落が送水トンネルだから、陸路給水車を走らせることができたわけで、自衛隊も中越地震以来という体制を組んで水運びにつとめたから、不便だが、健康にかかわるほどのことではなかった。
 これが、一部の事故でなく、自然災害であったなら。送水トンネルだけでなく、その周辺一帯に災害が発生し、道路が寸断されていたら。そういう場面を、この夏の豪雨でも、冬の豪雪でも、さらに遡って中越地震でも、見てきたはずである。他山の石と見るならば、各自治体はこれを契機に、ライフラインの安全性点検を一斉にするべきではないのか、と思うのだが、どうやらそういった動きは、このところのニュースでは見られない。
 9月1日は、防災の日である。関東大震災を思い出し、災害に備える日であるはずだ。過去を教訓にして、特にこれからは長雨や台風のシーズンである。最近の水害で、過去最高の水位を記録した河川が多いと聞いている。今まで以上の水量を想定して、今一度、安全点検をする必要があると思う。土砂災害の危険性も含めて。
 水がいつでも飲める。何と幸せなことだろう。もう一杯、もらおうか。
                                       (仲)

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