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2006年8月25日 (金)

デジカメ戦争  ~ゆうてもええかな~

 カメラは銀塩フィルムがいい、と私は思っているが、世間はそうはいかず、デジタルカメラしか売り場にないような状況である。
 デジカメの市場は、今や混沌としている。ハンディタイプのカメラは、携帯電話の方が機能も画質も追いついてきて、差別化を図って販売台数を確保するのに躍起になっている。カメラはプリンタとセットで、自宅で好きな画像だけをプリントするとか、パソコンに取り込むとか、周辺機器とタッグを組むと強いが、携帯電話の方は、撮った画像をそのままメールで送れるから、機動性では分がある。画質は五十歩百歩だけに、当面はしのぎを削ることになるだろう。
 一眼レフも、デジタル化で様相が一変している。一眼レフと言えば、キヤノン・ニコン・ミノルタ・ペンタックスといった老舗が強かったが、そこにソニーが、コニカミノルタを買収して参入、キヤノン・ニコンの2強を抑える勢いである。
 ソニーは、ハンディカムなど、ビデオ部門で光学系の技術を持っている。記録媒体がフィルムからメモリに変わった時点で、画像を取り入れる受光素子と、それをデジタル信号化する技術をカメラに盛り込むことになると、その技術を持っているソニーは、参入する際の技術的障害は低かった。しかも、一眼レフの特徴である交換レンズ群は、コニカミノルタを取り込むことでクリアし、一気に攻勢に出て、成功した。
 キヤノン・ニコンも、手をこまねいて見ているわけにはいかない。受光素子とデジタル信号化、メモリ搭載などの技術が手に入れば、交換レンズ群や一眼レフとしての性能、中級~上級の腕に応えるだけの正確な光量計算や絞りの開閉といった本体の性能は高く、根強いファンが多い両巨頭のこと、シェアを死守するための対策を打ち出している。
 今のところ、キヤノン、ソニー、ニコン、ペンタックスなど、といった順序になっている。でも、私は、パソコンで画像修正を簡単にしてしまうデジカメより、一発勝負のフィルムカメラの、シャッターの手応えの方が好きなのだが。アナログ人間の繰り言になるのだろうな。
                                       (仲)

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2006年8月18日 (金)

教科書が変わる  ~ゆうてもええかな~

 初めに言っておくが、科学の話をしたいわけではない。一つの例として挙げるまでである。
 国際天文学連合総会で16日、惑星の新定義が提案され、現在の太陽系惑星9個に加えて、3個の天体も惑星と認定しようという動きがある。24日の採決を経なければならないが、もし正式に決まったら、世界中の教科書を書き換えねばならない。それに、まだ名前すら付いていない『第10惑星』は、どう呼ばれるのであろう。
 こういう提案がされたのも、天体観測技術が向上し、天体の軌道計算の精度が上がったため、今まで分からなかったことが発見され、予測に基づく観察で裏付けられて事実として認められるようになったからである。科学の進歩と感心する方に申し上げるが、そもそも海王星や冥王星だって、内側の惑星の軌道を計算し、そのズレによって引力、即ち惑星を引っぱる外側の力を予測し、天体の位置を計算してから、そこにあるのを見つけたのであって、観察で見つけたわけではない。
 つまり、教科書に書いてあることが本当だとは限らない、ということである。理数系なら、発見や発明によって教科書が書き変えられることは、無いわけではないし、書き変えられる理由も分かりやすい。科学の進歩と、一言で片付けてしまってもいい。
 社会の教科書も、今までそうだと思われていることしか書いていないわけで、だから新しい発見があれば、歴史が塗り変わるかもしれない。歴史観も、実は裏から見れば違う解釈ができる場合もある。その一つが、靖国論争・A級戦犯として裁かれた人たちの評価だろう。小泉総理は、任期切れ間近で海外の批判もかわせると、確信犯的に終戦記念日に参拝したが、これは是か非か。教科書に書いてあることだけでは解決しない。私は、国民の代表である首相が一宗教法人の施設にお参りに行くべきではないと思っている。行くなら寺も教会も回りなさい。靖国にこだわるのは、国が戦死者を祀りたいという意思の表れで、正面切って言えば国家神道の復活かと横やりが入るからうやむやにしているだけだろう。
 北方領土問題も、日本固有の領土ですと教科書に書いてあるが、ロシアは自分の土地だと言っている。入ってくれば、拿捕。今回の事件は、乗組員を銃撃したのはやり過ぎで、ロシアがどう正当化するか見物だが、どちらの領土とするのが正しいのか、決着すればどちらかの教科書を書き変えなければならない。
 教科書だからって、頭から信じちゃいけませんよ。ときどき、事実ではなくて国の主張が混じってますからね。 
                                       (仲)

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2006年8月11日 (金)

大不況を支えた人々 ~ゆうてもええかな~

 平成大不況を乗り切った、いや、まだ苦しんでいる企業はあるが、とにもかくにも長い不況の時代に企業を支えたのは、派遣社員や請負業者である。正社員をリストラで整理し、正社員より安い費用で雇用できる人たちを、企業は便利に使ってきた。
 一応、現在の法律に基づいて整理しておく。『請負』とは、企業が業務の全部もしくは一部を依頼する。この場合、請負で働く労働者は、自分が所属する業者の指揮命令下にある。業務を請け負わせる企業は、請負労働者に直接、指示することはできない。請負業者を通してコントロールすることになる。
 『派遣』は、人材を企業に提供する。企業は派遣社員に対して、直接、教育指導をし、指揮命令下に置く。もちろん、派遣業者との契約の範囲内で、である。そして、『人材派遣』は、免許を持つ業者しか行ってはいけない。現在の派遣業法では、そうなっている。
 しかし、特に製造業になると、業務を行うために資格が必要な場合がある。フォークリフト運転、危険物取り扱い、クレーン、溶接、等々。派遣業者には、そういった資格を持つ即戦力というのはまずいない。教育して資格を取らせ、しかし派遣は年数が制限されているから、正式採用するか、社員を交代するか。交代したら、また一から教育のし直し。
 請負契約なら、最初から業種に合った請負業者と契約をすればいいので、その点は楽である。しかし、直接指導はできない。これがもどかしいから、請負契約のまま、自社に取り込んでしまう。これは丸く収まるようだが、いわゆる偽装請負であり、請負契約だが実態は人材派遣、という状態になってしまい、違法となる。
 不況を乗り越えてきたのは、このように偽装請負などで人件費を削ったことが寄与している企業が多いようで、事実、偽装請負は主に製造業で多く見られる。某大手ディスプレイメーカーの問題がここのところよく目にするが、ここだけじゃあないよ。
 ちなみに。この請負や派遣、正社員なら必要な、社会保険の会社負担分を減らすというメリットもある。ただし、一定条件がそろえば、パートや派遣社員でも社会保険に強制加入になることをお忘れ無く。時代は、法令順守重視に向かっているのですぞ。
                                          (仲)

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2006年8月 4日 (金)

レジ袋はいくら  ~ゆうてもええかな~

 心配していたが、それ以上の大騒ぎになってしまった。イスラエルのヒズボラ空爆は、戦争状態であり、イランよりも衆目を集めている。アメリカもそろそろ擁護の限界に来ており、戦線の拡大範囲は想像もつかない。
 で、レジ袋が有料化の動きが強まっている。そもそも、レジ袋の有料化は、石油由来のプラスチックであるレジ袋の使用を減らすという、環境保護の発想から始まったはずだが、イラク情勢からイラン、イスラエルへと飛び火する紛争は、中東地域の石油供給不安を引き起こし、中国の大量消費も相まって、原油価格がじりじり値上がりを続けている現状で、ガソリンはもとより、石油製品の値上げも続いている。第六次値上げだとか、来月は再度交渉とか、段階的に値上がりし、ポリエチレンの原価も数十%のレベルで価格が上がっている。こうなるともはや主旨が入れ替わり、スーパーもレジ袋をただで提供するには、経費負担が大きくなり、努力の限界というところまできている業者もあろう。もはやエコだなんだと言っていられない。
 では、いくら徴収するのか。一律に一袋5円だ10円だと、定価をつけると、レジ袋が販売商品になる。適切な表示をして価格を客に示す必要があるし、税法上の義務も出てくるだろう。大中小と異なる大きさのレジ袋が一律同額だったらどうだろう。客から文句が出るだろうか。ちなみに、私はノープロブレム。どれも原価はほぼ一緒だし。
 スーパーやコンビニの方々、気をつけられよ。レジ袋有料化は自体に理解はできるが、料金設定は慎重に。不特定多数の客が来る、その中にはポリエチレン袋の原価を知っている人もいる。適切な対価か、不当な高価か、判断できる人もいる。くれぐれも便乗値上げと取られないよう、明確な説明と適切な料金設定を心がけられたし。
 それと、有料化に当たっては注文をつけたい。レジ袋は、無地にすること。印刷コストを削減しているという姿勢を見せるべきだ。今まで無料だった物で料金を取るのだから、取る側も努力、配慮されたい。
 理由がコストではなく、品薄で供給不安であるなら、早々に代わりになるバッグを売ればいい。何かと面倒な世の中になりそうだ。
                                          (仲)

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